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2020.05.18 Monday

1966 TRIUMPH T120R BONNEVILLE 山口県Kさんプチ報告その22

 前回、塗装を終えたKさんのボンネヴィル。デカール貼りましたよ。・・・現在入手可能なデカールは二種類、塩ビシート製のいわゆるステッカー…貼るのも簡単、剥がすのも簡単、誰にでも扱えるイージーさが嬉しいですね。

 

 そして、もう一方はこのように水で浮かせて貼る転写シート式。トライアンフが新車だった時、みんなこの転写シートが貼ってありました。そうなんです、布引クラシックスでは必ず製造当時の雰囲気を守りたいと転写式のデカールを定番としています。

 

 塩ビシートよりもこの転写式、更に神経使って貼ります。「オリャーッ!…一発でキメてやる!…」それは正に布引英国車道 気合が全てなのです…(注…紫外線&ガソリンにめっぽう弱い、タンクの上は超やばい)

 

 皆さんが良く知ってるオイルタンクのレベルですね…これ、無いと全くタンクにシマリがなくなる。結構大切なモノなんですね。

 

 転写シートは三次曲線に弱い。決めた位置に一度で決める事が成功への近道…

 

 で、転写シートは耐候性ない、耐摩擦性なし、耐ガソリン性もない、ないないづくしです。で、洗車した後、ワックス ゴシゴシなんてしちゃダメですよ。わらかいウエスでそ~っとふき取るそぶりをする程度。力入れずに愛情を込めましょう…

 

 で、デカールっていつも愛車を高めてくれますね。ほんの小さなデカールでも、そっと貼ってやることでググーンッと質感アップ!転写シートなら更に質感ググーンッと倍アップ!Kさんのボンネヴィルも段々とグレードアップしてきましたよ…松枝

 


 

2020.05.15 Friday

1966 TRIUMPH T120R BONNEVILLE 山口県Kさんプチ報告その21

 寂しくたたずむKさんのぺトロールタンク…見ての通りカラーもデザインも冴えがない。おまけに塗装の一部が剥離し浮き上がっている。しかし布引お手軽倶楽部だから塗り替える予算はない。オーナーのKさんにそれとなく連絡すると「ん…塗装してください!」Kさん、塗り替えて欲しいと言ってくれましたよ。

 

 作業に取り掛かる前に各部を確認をする。そして内部は錆びている、そりゃぁ1966年製で50年以上も経ってるから錆びて当然のはなし。それでもブリティッシのタンクは今のバイクよりも鉄板が断然厚い。それは腐食的に随分と助かりこうして半世紀経っても使えてしまう事も多々ある。直ぐに穴が開いてしまう日本製の旧車とは対照的だ。

 

 それ以前では、中に石ころや鉄くずとかいろいろ入れて錆を取ったが、やった割には効果はないのが実情だった。今では高性能なケミカル類が発売されていてこのように素晴らしく錆はとれる。

 

塗装を剥がした後プラサフを塗る。一層目を塗り様子を見て二層目を塗る…そして乾かした後、水研ぎをし表面を整える…そして再び三層目を塗り乾かし水研ぎをする。プラサフは塗膜がガサツク傾向にあるので研ぎは必須だ。また、必要に応じてポリパテや最終的にグレージングパテを塗り、乾かし水研ぎし、更にプラサフを塗り水研ぎをし下地として完成させる…

 

 中塗りのアラスカンホワイト…おおよそ4層から5層程度塗る。必要に応じて水研ぎも入る…

 

 ラインのグラネイディアレッド…赤系のネタはやりづらく、どこの塗装屋でも割増料金を取る(笑)。塗っても透けるのは黄色も同じ、そしてブルーは湿度によってボケやすい。ソリッドの中でも赤は気をつけなきゃいけないカラーの代表だ。

 

 そしてゴールドのラインを入れた…この、それぞれのラインの幅や微妙なふくらみはトライアンフとして決まっている。だから忠実に当時の状態を再現している。当然の事これらの幅はインチサイズだ。


 そして、上塗りだ。塗膜の厚みを嫌う私でも、この最後の上塗りにはウレタン系の2液性を使う。それはガソリンが付着する場所に効果的で背に腹は代えられない。だが、更に高度な要求をする顧客にはウレタン系の塗料は使わない。ガソリンに侵されてもクラシック感を要求する強者には徹底したクラシックフィーリングを提供する。

 

 で、これはおおよそ5層程度塗り重ねる。今までのラッカーとは違いトラブルがない限り途中で水研ぎを入れない事が望ましいから、慎重かつ大胆に完成させる。

 

 1965年迄の通称クロスバッヂは業績不振を理由に変更される事になる。そして、これがその変更後の初代モデルである1966年製の通称アイブローバッヂだ。ここにも手の込んだ仕事をしたい…

 

 先ずは墨入れをした。アルファベットにはブラックを、バックの部分にはアラスカンホワイトとタンクと全く同色のネタを入れるところがミソだ。

 

 で、普通はラッカーだけで終えるものだが、少しでも塗膜に押さえが効くようにと今回はウレタン系の上塗りをネタの乗る部分のみに施した。このような墨入れの作業など単純な作業に見えるが皆さんも一度やってみるとその大変さが分かる。

 

 

 で、こうした一連の塗装作業とは正に長いトンネルを走り続けるかの如くだ。「よっしゃ!決めてやる!…」根性いれてガツーン!とやってる時間ではあるけれど、些細な事で不測の事態を招きかねない水物でもある。

 

 塗り込んで行く中でタレやホコリにブッが出ないようにと半ば祈るような時間でもあるし、これまでの長い下地づくりを考えると一発で決めなくては絶対にイケない気合の世界でもあるんだ…

 

   最早自動車メーカーの塗装では水性塗料が世界的にほぼ義務化される時代になった。未だである日本の塗装屋レベルにも近い将来義務化される事は必至。その時にはまた新たな試行錯誤が続く事になるだろう。エンジンや車体の自動車整備も奥の深い仕事であるけれど、この塗装の世界も勝るとも劣らない高度な技術が必要になる。

 

 そして、出来上がったタンクを見て当たり前のようにスルーしている皆さんに私は言いたい。皆さんがオーダーした愛車の塗装にはそれこそ長い下地作業と高度な塗装作業、更には仕上げの為の磨き作業が秘められている。

 

 だが塗装屋ってのは口下手で誰も自分から「凄いだろう…」なんて言いやしない。良い仕事が出来て当たり前の世界だと捉えられている。自分のスタイルを具体化されたお気に入りのぺトロールタンクに手をやり「ありがとう…」そう言ってくれる者が皆さんの中に果たして何人いるんだろうか…  ※塗装作業のご案内は→コチラ

 

2020.05.06 Wednesday

ここで布引クラシックス 作業中車両の状況報告です。

 

 先ずは東京都Wさんのワンテン、先週に継続検査受けています。現在試運転待ち、手直しの後ご都合に合わせて東京まで配達となります…

 

 そして山口県Kさんのボンネヴィルは今日、新規検査&新規登録を無事に受けてきました。こちらも試運転&手直しの後、山口県まで配達となります。(一部パーツ未入荷あり)

 

 そして、長野県のTさんのノートン88、完成したのに試運転に行けない。それは数点の必要なパーツがコロナウイルの影響で中国にずっ留まったままだったからなのです(涙、泣きたい)。状況分析すると…欧州からの便は殆どがドイツに中国を経由して来る。で、DHL系の輸送は運賃は高いものの専用の貨物便を持っているのでそれ程大きな混乱はない。しかし、郵便局系のEMSの多くは旅客便に載せて運ぶ為、現在激減している中国からの便に載せられない。よって小包が中国で大量に残されたままになっている…こうでした(マツエダ分析)。今回Tさんには大変ご迷惑をお掛けし誠に申し訳ございませんでした(ペコリ)。これから試運転の準備に取り掛かり、手直しの後、長野県まで配達です。

 

 続いて、前車の国際小包の遅れのあおりを受けた兵庫県のHさん、申し訳ございませんでした。1965年のボンネヴィルですが、上記の車両たちの完了の後、おおよそ今月末から作業再開、先ずはメインフレームに小物いろいろをサンドブラストにて処理し塗装の準備に入りその後塗装。タイヤとフレームにその他諸々で車体の完成を目指します!

 

 で、Tさん同様直接影響を受けた方、富山県のHさんの1966のTR6R。オーダーしていたパーツが全く来ない…そしてやっとの事、その大半が先日届きました(長野のTさんとほぼ同時期に入荷)。兵庫のHさんと同じく今月末から作業再開予定。先ずはエンジンボトムの完成を目指す。シリンダーは新しいピストンに合わせて現在ボーリング作業中。そして、エンジントップへと進みます!

 

 最後に販売車両のコマンド850Mark掘▲轡螢鵐澄璽棔璽螢鵐阿妊團好肇鵑鮨靴靴ぅ皀里法▲悒奪匹離丱襯峅りも完全な作業で布引ブルジョア倶楽部品質!エンジン本体の完成を目指したいと思います。

・・・まとめ・・・皆さんには今回のコロナウイルス影響から国際小包の遅れで大なり小なり(いや大ばかり)ご迷惑をお掛けしました。改めてお詫び申し上げたいと思います(おじき)。で、これからの国際小包ですが…極力DHL系を使いたいものの普段から高額な運賃が更に上がっている…そんな事情もあったり…で、この混乱もマツエダ見る限りどうやら収束に向かっている気がします。ま、どうなるのか正直分かりませんが、とにかく目の前の作業をひとつずつこなす事に全力投球!がんばりますので皆さんどうぞ宜しくお願い致します! 松枝
 

2020.05.03 Sunday

1958 TRIUMPH T110 修理作業プチ報告その12

 東京都WさんのT110、車検の準備作業整いましたよ… 

 

 なんだか最近…こればっかりやってるような気がするなぁ…(笑)。でもやるんですよ、足を置くってのはとっても大事なはなし。モーターサイクルを走らせる為の基本中の基本なんだ…

 

 1962年まではこうしてプライマリーチェーンケースを貫通するシャフトに左右のフットレストが取り付けられている。

 

 ユニットモデルに比べ剛性が低いだけじゃなくプライマリーチェーンケースにも良くないから必ず外して修正する事が基本だ…

 

 


 頭の中に正しい位置をインプットしじんわりと修正する…

 

 目測を頼りに感覚で曲げても大体このようにピタリと合うものだ…

 

 右側の方が激しく曲がっていたが同様に修正した。で、奥にシャフトの頭が見えている。そもそもフットレストが曲がるという事は、取り付けられているシャフトもおおよそ曲がる。中のシャフトを引き抜き、きちっと振れを取る事を怠ってはいけない。でなければシャフトが廻るとフットレストの位置が微妙に上がり下がりする。それでは直したとは言えない…

 

 皆さん…今度走る前にご自分の愛車のフットレストを見てみよう…上下に…前後に…車体の中心線とそれぞれが正しい位置にあるのかを見てみよう…

 

 いいかい?ここにちゃんと足が乗っていなければ、突然飛び出してきた車にどう対処する?…ここに正しく踏ん張りが効かなければ、元気よく走っていたコーナーのイレギュラーにどう対処する?…モーターサイクルの操縦にとって人間の足とは最も整備しておく必要のあるモノなんだ。

 

 そして、次はシート。元のモノはボロボロ、手で崩れる程に腐食していたので交換だ。で、現行車のシート交換ならほぼ5分あれば出来る。しかし、ブリティッシのシートとは丸一日かかってもおかしくない程に手間が掛かる。新しいモノが来たからとモノが合う事は100%ないんだ。ブラケットを作り直し、いろいろやらなきゃ乗っける事すら出来ない。

 

 で、この年式のシートはショックユニットの取付ボルト2点とマッドガードに接触させ3点で荷重を受ける事が実際だ。そっとラバー一枚貼って、真新しく塗装したマッドガードを保護しよう…

 

  そして、なんだかんだと車検の準備作業が完了です…と、車検書見ながら車体ナンバーを見ていると…「あれ?…これ1958じゃないの?…」 今まで1959と散々書いて来ましたがこのワンテン1958でした。ここにお詫びして訂正いたします…Wさん、ごめんなさいね。

 

  明日はいよいよ継続検査ですね、そして試運転後に改めてご報告したいと思います…松枝

2020.04.25 Saturday

1966 TRIUMPH T120R BONNEVILLE 山口県Kさんプチ報告その20

 Kさんのボンネヴィル、エンジンを始動しましたよ…

 

 ​ 当時のアマル社製キャブレターの耐久性は低い。製造から60年も経った今、使える方が異常だ。そして1964~1967年のボンネヴィルのキャブレターには389/203と固有の番号が打たれていてエンジンとシャーシーのマッチングの如くこだわる場合もある。

 

 だが、残念な事にこの車体には一方に376が入っている。それは左右で口径が違う事を意味し決してそのままでは使えない。「折角残っている203を活かしてやりたいなぁ…」一度失った203を再び捜し出す事は普通は難しい。それとて使える可能性も低い。それでもこうして捜し出した…

 

 ここはガソリンを貯めるフロートチャンバー、ガソリンの油面と共に浮力により上昇し右上にある真鍮製のバルブを押し上げガソリンを止める。そしてセンター上部にあるモノがティクラーで故意にフロートを下げて油面を上げる始動装置だ。彼が冷えたエンジンをかける時、常に使うのがここだ。

 


 そして389/203をペアで取り付けた…お金があれば今入手できる新品の389を取り付けた方がいい、その方がずっと快調に走れる。それでも203にこだわるのは彼がオリジナリティを大切にしたいと言ったからだ…

 

 エンジンを始動すると、元々取り付けられていたボイヤー社製のイグナイターの進角状態が不自然、オーナーのKさんに連絡の上交換する。新しいモノはワッセル社製のものでこれはなかなか良い。イグナイターのボックスもコンパクト、ピックアップの部分も設計に正当性があって安心して取り付けられる。なにより安価であることも嬉しい。皆さんも是非使ってみるといい。

 

 どこかで言ったが、このロッカーシャフトへのフィードの塊は変えた方が良いと。案の定オイルが漏れ出す、どう考えても設計に無理がある、元々気に入らないから換えてやる。

 

 だが、お手軽倶楽部の予算も尽きているから新品は無理だ。工場のストックから捜し出しスタンダートのロッカーフィードパイプを取り付けた。これも剛性が低く取り扱いに注意が必要だが、あの塊よりはマシだ。

 

 「ズッォーーーーン!…ズッォーーーーン!…」そして、再びエンジンをかけた。点火系統は正常になった。だがやはりキャブレターの調子が気に入らない。今、イギリスは日本より遥かに大変で政府の指示により商店も閉店している。この389に使うパーツも営業再開後しか送れないと言ってきた。なんでこんな事態になってしまったんだ…

2020.04.17 Friday

1990 DUCATI 900SS 神戸市G様 車検作業のご報告です。

  実は布引クラシックスの松枝、イタリア製モーターサイクル好きなんです。そして1989&1990年のたった2年間しか生産されなかった900SSスパースポーツ、大好きなんです…

 

 

  20年前「ドゥカティ欲しいんですけど…」そう言ってドアを開けたくれたのが今回のオーナーGさん。で、当時用意したのが400SSジュニア…モンジュイとおなじ前後16インチのマーヴィック製2ピースホイールにブレンボ製フルフローティングブレーキディスクと400佞箸六廚┐覆す覯攸備、ふたりで「16インチって楽しいねー」と目を輝かせて語り合った。

 

 ジュニアで味をしめたGさん、次にこの1990年の900SSスーパースポーツ買ってもらいましたよ。ちょこっとモディファイを行うだけで、とてつもなく楽しく走れるマシーンに変貌しました。「これ、要らなくなったら言ってね…もらうから…」「いや、手放しません…」こんな会話があいさつ代わり、Gさんにわたくし松枝、ふたりして1990 900SSの大ファンなんです。

 

 更に彼のドゥカティ愛はエスカレート、遂に750F1の2型まで手を出してしまう…20年前に400SSジュニアに乗ってからドゥカティに完全にハマってしまった訳です。過去の作業→コチラ

 

で、今回は車検の依頼。「クラッチが重てーんです…」「そりゃ欧米人用なんだから重いよ…」彼がわがまま言います。レリーズシリンダーのサイズやらレバー比やら換算すると16RSCの15寄り…しかしその下は14RSCで15RSCってのは無いから16RSCつけてアジャスターで対応。カウルの逃げもなんとかクリア、握り加減もクラッチの切れも良くいい感じに仕上がりましたよ。

 

 フロントフォークのオイルも交換、この900SSは以前にフォークのモディファイを行い俄然走り易くなっている。

 

 フォークは勿論マルゾッキ社製、左右非対称のダンパーなど独創的な設計がおもしろい。それもちゃんと手を入れてやれば、とっても楽しく走れる私のお気に入りのフロントフォークなんだ。過去の作業は→コチラ

 

 リアのオーリンズのショックアブソーバーもカロッツェリアさんでオーバーホールしてもらいました…

 

 そして「マフラー…何とかしてくれます?…」「ん?…いや、もうマフラー交換したら?かなり使い込んでるよカーボンだし…」「いや、このカーボンが好きなんです…」「またわがまま言う…」このマフラーの固定方法に以前から不満を持っていたGさん。ちょっと細工をしてみました。

 

 ラバーマウントでふらついてスイングアームに干渉気味。「よし、ラバーなんか要らんわ…」構造をリジットに変えてがっちり固定、イタリア製だからスパルタンに加工してやる!

 

 そして左右共にスイングアームに接近し過ぎる事はなくなりました…(バンドに負荷かかりますが、わがままだからそれはそれ…)

 

 1980年代の何時頃か、初めてこのMOTUL 300Vをお客さんに入れて抜いた時、「なんだこれ!」わたくし言ったのを憶えてます。結構距離走っていたのに全然オイルが活きている。「すごいなぁ…これ強いなぁ…8耐走れるよなぁ…」その耐久性能に驚いた訳です。以来、布引クラシックスでの化学合成マルチオイルの指定となっていますよ…(拍手)

 

 で、この時代のドゥカティで問題になるのがヘッドライトの光量、英国車やってる私がみても暗い。車検を通す事は普通難しいんです…そこで、配線を変え、リレーを入れ、МFバッテリーに交換するなど工作しました…

 

 ここは神戸魚崎浜の陸運局、毎年きれいに桜が咲いてくれます、嬉しいですね…でヘッドライトの光量、60/55W H4バルブ&ノーマルレンズで余裕です…

 

 桜をちらっと見ながら考えている…そもそも私はどんなバイクが良いとか悪いとか言う発想事自体気に喰わない。どんなモーターサイクルにも人それぞれの想いがあって大切にされていると思っている。この僅か2年間しか製造されなかったこの900SSは、ややもすれば忘れ去られる存在なのかもしれない。しかし、ベルリッキに、マルゾッキに、ブレンボに、マニエッティマレリに、CEV等々…イタリア製パーツで構成される最後の純イタリア製ドゥカティ…このマシンに私は哀愁を感じてならないんだ。

 

 クラシカルの象徴であるベベル、異常なまでのコンパクトさを貫いたパンタ750F1、更にはドゥカティの大衆化に大いに貢献した1991~1997年の新生900SS、その狭間にうもれてしまった1989~1990の900SS達。だが、そうした歴代のモデル達とは、並の腕しか持たない一般庶民には「絶対的な扱い難さ」を持っている。「難しいなぁ…昨日はあんなに楽しく走れたのに今日はさっぱり駄目だ…」走っても走ってもその時々で反応を変えてしまうオールドドゥカティ達の難しさ…それを打破したのはこの900SSが初めてだったんだ。

 

 「ズドォーーーン……ズッダッダッダッダッダッ!…」スロットルを閉じ、ブレーキをかけ、車体を倒し、目線移す…そしてスロットルを開ければ「ドッォーーーーン!…ドッォーーーーン!…」900 Vツインパワーが旋回を助けんばかりに怒涛の攻勢をかけてくる! そうなんだ…倒し込む意思を持ってコーナーに入る…すると進むべき方向を車体が察知する…そしてコーナーのアウト目掛けて一気に旋回しようとする初めてのドゥカティ、それは同時期に生産された水冷モデルである851と共通する優れた旋回性能を持っていたんだ…

経営的な判断から短命に終わったこのモデルを開発したエンジニア達はどうとらえただろう…もっと正しく評価して欲しかった。他のモデル以上の性能を持っている事をもっともっと皆さんに知ってもらいたかった…そんな1990 900SSスパースポーツを手放さないと言って大切にしてくれるオーナーのGさん。彼もきっと同じようなことを考えていると、私は思うんだ… 2020.04.28 布引クラシックス 松枝

 

2020.04.16 Thursday

1966 TRIUMPH T120R BONNEVILLE 山口県Kさんプチ報告その19

  Kさんのボンネヴィル、段々とトライアンフらしくなってきました…

 

 1966年モデルの中で唯一T120Rに採用されたステンレス製マッドガード…初モノ、専用ってのがイイ。

 

 それを支えるブリッジにはラウンドした専用のボルトが使われている。上が元々この車体のモノで傷みもあるがお手軽倶楽部では交換は予算的に厳しい。工場の在庫からマシなモノを取り付けた。

 

 マッドガードはキレイに洗浄し磨きを掛けて取り付ける。完全に内部のスラッジを除去しペイントしたオイルタンクにバッテリーのトレイなんかも取り付けた。そして、ぐるっと見えるブリーザーホース。これってのは正にトライアンフ製作の見せ場だ。1966年辺りではこの取り回しこそが正しく、ここにクリップやホースバンドを絶対に取り付けてはイケない。フィードやリターンにバンドはあってもブレーザーには何も無い!ここにトライアンフの小さな粋があるんだ…

 

 まぁ~このボンネヴィルのフットレストも大胆に曲がってるよ。これじゃ足は置けてもブレーキは踏めないよ…

 

 こっちもどうやってシフト操作するんだい、内股か?…

 

 もう何回したか分からんが、またもバーナーで炙って直している…で、こいつは相当固いから絶対に冷間で曲げては駄目だ。

 

 プライマリーケースやギアボックスのアウターカバーに沿うようなイメージを持って何処を熱して何処で曲げれば自然になるのか考えて炙り方を工夫するんだ…

 

 ラバーを外した本体、ここにも必ず曲がりは出る。見えないところこそ、こうしてきっちりと水平を確保する。

 

 単にフットレストと言うなかれ、皆さんも転倒でもして一度曲げてみると良い。何事も無かったの如く美しく修正させる事が意外にも難しい箇所だと分かるはずだ。

 

 1965年モデルからリアのブレーキ軸はこのプレートの内側に隠された。で、こうした時に必ず脱着し洗浄し給油も済ませておこう。トライアンフの走りにはこのリアブレーキの操作が相当に大切な要素になってくるから絶対にだ。

 

 1965年まではギアボックスからスピードメーターのケーブルを取り出していた。しかし、オイル漏れが常態化する事が指摘される時代となりこの1966年からリアホイール軸へと変更された。で、新しいスミス社製のドライブギアはこれまた耐久性が低い。このボンネヴィルも破壊寸前で交換の必要がある。「何をスピードメーターごときでネチネチ言ってんだ?…」そう思うかも知れない。だが、我が日本ではスピードメーターが正常に機能しないモノは公道は走れない。納車後にトラブルが出た時に困るのはオーナーのKさん、だからネチネチでもなんでもきちっとやるんだよ。

 

 で、これは同時に作業をしている販売用のコマンド850Mark靴離皀…

 

 こうしてブルジョア倶楽部ではリプロ品であっても当時のコーションラベルを貼り付けて雰囲気を醸し出す。しかし、お手軽倶楽部の場合にそれはない、これも仕方はない、別料金だ(笑)。

 

 やっとここまで来たKさんのボンネヴィル。次はアマル社製389、モノブロックキャブレターの整備だ。只、今年はコロナウイルスの影響で海外輸入小包に相当な遅れが生じている。英国のパーツ屋も英国政府の指示により閉店を余儀なくされている最中だ。彼のパーツがいつ届くのか今のところ不明なんだ…

2020.04.12 Sunday

1966 TRIUMPH T120R BONNEVILLE 山口県Kさんプチ報告その18

 今回から電装系統の作業開始です。配線作業とは地味に長ーく淡々とした作業の連続。それでもとっても大切な作業なのです…

 

 ユニットモデルの1966年から、或いは1964年のUS仕様からテールランプはルーカス社製L679に。ところが残念な事にこれは完全デッドストック、オリジナル品がない場合にはお手軽倶楽部でもブルジョア倶楽部であってもリプロダクション品を使います。

 

 と言っても日本製のようにポン付けなんて出来ません。スクリュー用の穴を開けたり、合ってないラバーとレンズを修正したり、配線をやり直したりと、とっても手間が掛かります。

 

 ここまでくるのに半日かかります…まぁこんな感じですね…お手軽倶楽部では新品がついただけでも良しとしてもらいたいです…

 

 これはメインハーネスで要するに電気系統の「背骨」、とっても大切なモノで今回交換します。

 

 半田付けしたりなんだかんだやってますが、本来の充電系統とはレクチファイアでの交直流の変換及びツェナダイオードによる電圧制御を行っています。で、このボンネヴィルはレクチファイア&レギュレーターに既に変えられています→お手軽倶楽部では極力再使用する→よってもう一度ちゃんとつけ直します。

 


 配線のカラーや太さを変えたり、出来るだけスマートにまとまるように工夫をしたり…で、この汚い板はオリジナルでツェナダイオード用の放熱板です。曲がっていますが、これが正規なんです。(誰かが黒く塗った跡あるもののお手軽倶楽部はそのまま使用です、ブルジョア倶楽部では塗装剥離等。)

 

 裏には、同じく最初からついて来たボイヤー社製の点火用のイグナイター…見えない位置へと考えて取り付けます。

 

 そして取り付ける位置はここで左のサイドカバーの中、元々この放熱板の所定の位置な訳です。このレクチファイア&レギュレーターの裏側にさっきの点火のイグナイターを配置しました。

 

 配線の色は必ず正しい正規のカラーに合わせます。後から「これ、なんのはいせん?…」とはなりません。

 


 で、いろいろ変更されてるこのボンネヴィルで、最高に嬉しいモノを発見!…このディップ&ホーンのスイッチ。これ正真正銘の当時のモノです。スイッチ自体も、そこから出ている配線も全てオリジナル。これ結構壊れるので直ぐにリプロ品に変えられけれど、残っていましたよ。この変色したグレー色のワイヤリング、マツエダ結構好きなんです。

 

 一部を残して一旦テスト、バッテリーつないでスイッチ入れてみました…ヘッドランプにインストルメントランプ点灯!…

 

 手間のかかったテールランプにも灯りが…そうですね、ちと嬉しいものです…後はイグニッション系統の配線とフラッシャーを取り付けての配線を残すのみ。もうひと踏ん張り頑張りたいと思います…

2020.04.09 Thursday

海外からのパーツの入荷が一部遅れています…

 皆様へ国際郵便小包の遅れのお知らせです・・・通常欧米からの荷物はドイツや中国など数か所の空港を経由して日本に届きます。その間おおよそ10日から2週間程度。しかし、コロナウイルスの発生から遅れが出ています。特に中国での停滞が顕著で…。で、この長野県Tさんのノートン88、とっくに作業は完成したものの手直し等に必要なパーツが届かない。最後の試運転に行けずにいます。その他、山口県Kさんの1966T120R、1959T110東京都Wさん、1966TR6R富山県Hさん等につきましても影響が…(皆さん、申し訳ございません…)

で、いろいろやっています。しかし、相手は星の数ほどある国際郵便荷物、一筋縄ではいかない事も事実。とにかく届いたものから作業を進めていますので、何卒ご理解のほどよろしくお願い致します。2020.04.09 布引クラシックス 松枝

2020.04.05 Sunday

1975 NORTON COMMANDO 850 Mk3 販売車両整備 その8

 前回完成したホイールにタイヤを取り付けましたよ!

 

 1968年に登場する英国ダンロップ製「K81」…後に「TT100」と名前が付加される。ダンロップもエイボンも、当時のタイヤとは立て溝で実用車向けのモノばかり、怖くて倒せたものじゃない。

 

 そんな中、突然現れた三角形の断面構造を持つこのK81はコーナーへのアプローチを大きく変えたんだ…

 

 時は1970年代、まだ若造の松枝もこのK81履いていましたよ・・・ここは松枝の地元、六甲山東側にある芦有自動車道路。で、免許取った高校生から毎日のように走っていました。コーナーの半径が小さな六甲山で唯一大きなコーナーのある道がこの芦有道路、高いコーナーリング速度で根性つけた訳です。(写真は参考、2019年九州ツーリングの帰宅時のものです。)

 

 「クワーーーーーーン!クワーーーーーーン!…」カワサキのマッハで白煙をまき散らしながら六甲山を全開で走る。「スッゲーこんな過激なタイヤ売って良いのか!…」今までのタイヤとの余りの違いに驚愕、いくらコーナーリング性能の劣悪なマッハでもその意味がなんとなく…「コーナー遅い俺のマッハでも、こうやって走ればもっと速く走れるんじゃないか…」

 

 断然有利なストレートを只全開で走るしか頭になかったのに、あの三角形のお陰でコーナーへのアプローチを初めて考えた…。私のモーターサイクルへの向き合い方を大きく変えたタイヤだったのです…

 

 で、話戻しまして・・・この850Mark靴鷲朧ブルジョア倶楽部なので当然の事、新しいタイヤ、チューブ、リムバンドを入れます。安心して走って頂ける基本中の基本であるタイヤにこそ神経を使います。更にリムは当時のダンロップ製、1975年から使われているモノを大切に磨き直しました。

 

 そして、ようやく車体の完成となりました。やはりいい姿勢してますね。モーターサイクルってのは姿勢で善し悪し決まります。どんなモデルでも凛とした立ち姿はその車体の素性を物語ります。この850Mark掘間違いありませんね。で、今日紹介したタイヤK81 TT100 とコマンド850の組み合わせ。この事が大きな楽しさのキーポイントとなります、覚えておいてくださいね。つづく…
 


 

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